法務・総務のための個人情報保護法2024

大規模組織における個人情報の共同利用:2024年改正法が求める新たな実務対応と部署横断型連携の論点

Tags: 個人情報保護法, 共同利用, 大規模組織, 法改正, データガバナンス

はじめに

大規模な組織において、個人情報の共同利用は事業活動の効率化やサービス品質の向上に不可欠なデータ連携の手法の一つです。グループ会社間での顧客情報共有や、部門横断的なプロジェクトにおける従業員情報の活用など、その範囲は多岐にわたります。しかし、2024年施行の個人情報保護法改正は、共同利用の運用に対し、新たな視点と厳格な対応を求めています。

本稿では、現行の共同利用制度を再確認した上で、改正法が大規模組織の共同利用実務に与える具体的な影響と、法務・総務担当者が特に留意すべき部署横断型連携の論点について深く考察いたします。

個人情報の共同利用制度の概要と改正のポイント

個人情報保護法における共同利用制度は、個人情報取扱事業者が取得した個人データを特定の事業者間で共同して利用する場合に、一定の要件を満たすことで、本人の同意を得ることなく第三者提供が可能となる特例です(個人情報保護法第27条第5項第3号)。

共同利用が適法となる要件は、以下の通りです。

  1. 共同して利用する旨の公表
  2. 共同して利用される個人データの項目
  3. 共同して利用する者の範囲
  4. 共同して利用する者の利用目的
  5. 当該個人データの管理について責任を有する者の氏名又は名称及び住所並びに法人にあっては、その代表者の氏名

これらの要件を満たした上で、あらかじめ本人に通知するか、または本人が容易に知り得る状態に置く必要があります。

2024年改正法における共同利用への影響については、直接的に共同利用の要件が大幅に変更されたわけではありません。しかし、法全体の改正、特に開示請求権の対象拡大(利用目的、第三者提供記録など)や、漏えい等報告義務の厳格化特定個人情報と一般個人情報の一元化といった側面が、共同利用の運用実務に間接的に大きな影響を与えています。

例えば、共同利用されている個人データが漏えい等した場合、単一の責任主体が明確に特定されていなければ、適切な報告体制の構築が困難になる可能性があります。また、開示請求の対象が拡大されたことで、共同利用における第三者提供記録の管理の重要性が増しています。

大規模組織特有の課題と実務上の留意点

大規模組織における共同利用は、その規模ゆえに特有の複雑性を伴います。改正法を踏まえ、特に以下の点に留意が必要です。

1. 部門横断的データ連携の複雑性

大企業では、複数の事業部門、子会社、関連会社が存在し、それぞれが異なるシステムや業務プロセスを有しています。例えば、人事部門が管理する従業員データが、福利厚生サービス提供のために外部委託先やグループ会社と共同利用される場合、あるいはマーケティング部門が収集した顧客データが、営業部門や商品開発部門と共同利用されるといったケースです。

このような部門横断的な連携において、以下の課題が顕在化しやすくなります。

2. 共同利用目的の明確化と特定

「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」において、共同利用の目的は「共同して利用する者が利用する目的」を指し、具体的に特定する必要があるとされています。大規模組織においては、複数の部門や会社が関与するため、目的が抽象的になりがちです。

実務上の注意点: * 具体性の担保: 「顧客サービスの向上」「グループ経営効率化」といった抽象的な表現ではなく、「製品Aの利用履歴に基づいたパーソナライズされた情報提供のため」「グループ会社Bの福利厚生プログラム申込者の情報連携のため」のように、具体的な利用シーンを想定し、可能な限り細分化して特定することが求められます。 * 目的外利用の厳禁: 特定された目的の範囲を超えて個人データを利用することは許されません。目的を変更する場合には、再度、共同利用の要件を満たす必要があります。

3. 責任者の明確化と役割分担

共同利用における「管理責任者」は、共同利用される個人データについて、本人に対する義務を負う主体を指します。大規模組織では、グループの親会社が管理責任者となることが多いですが、実質的なデータ管理や運用は各部門や子会社で行われるため、責任と権限の乖離が生じやすい傾向があります。

実務上の注意点: * 明確な責任体制の構築: 共同利用契約やグループ会社間協定において、管理責任者の氏名・名称に加え、実質的な運用における各部門・子会社の役割、義務、責任分担を詳細に規定すべきです。 * 内部規程の整備: 個人情報取扱規程において、共同利用に関する部署横断的な承認プロセス、運用基準、監査体制などを明文化し、定期的な見直しを行うことが重要です。 * 連絡窓口の明確化: 本人からの開示請求や苦情等に対応するための統一的な窓口を設置し、各部門がその窓口と連携する体制を構築することが望まれます。

4. 規程・契約の見直し

既存の個人情報取扱規程、共同利用契約、グループ会社間協定は、改正法の趣旨と実務上の新たな要請に合致しているか、包括的に見直す必要があります。

特に確認すべき点: * 目的の具体化: 前述の通り、共同利用の目的が十分に具体的に特定されているか。 * 開示請求権の対象拡大: 第三者提供記録に関する開示請求への対応体制が明記されているか。 * 漏えい等報告義務: 万一の事態に備え、共同利用関係者間で速やかに情報共有し、連携して個人情報保護委員会への報告、本人への通知を行うための手順が明確化されているか。 * データ保護水準の確保: 共同利用するすべての主体が、同一または同等以上の安全管理措置を講じていることを確認する条項が含まれているか。

5. 情報提供と本人の同意の取得

共同利用においては、原則として本人の同意は不要ですが、共同利用に関する情報(上記5要件)を本人に通知するか、容易に知り得る状態に置く必要があります。デジタル環境下においては、プライバシーポリシー等での公表が一般的です。

実務上の注意点: * 最新性の維持: 共同利用の範囲や目的に変更があった場合、速やかにプライバシーポリシー等を更新し、再度、本人が容易に知り得る状態に置く必要があります。 * 分かりやすさの追求: 法務・総務の専門家には理解できても、一般の利用者が容易に理解できるよう、平易な言葉で記述されているかを確認します。

グレーゾーンと高度な論点への考察

共同利用を巡る実務では、法的な解釈が困難なグレーゾーンや、より高度な論点が存在します。

1. 内部通報制度における個人情報

内部通報制度において、通報者の情報や被通報者の個人情報が、調査のために複数の部門(法務、人事、監査など)や外部の弁護士等と共有されることがあります。これは共同利用に該当するのか、あるいは別の情報共有の枠組みと捉えるべきか、慎重な検討が必要です。多くの場合、共同利用の枠組みではなく、「業務上必要な範囲内での共有」や「法令に基づく適正な処理」として整理されることが多いですが、共同利用の要件を満たし、透明性を確保する観点から検討の余地があります。

2. M&Aにおけるデータ移転と共同利用

M&A(合併・買収)において、対象会社の個人情報が買収会社に移転する際、これは「事業承継に伴う個人情報の取得」として第三者提供の例外とされます(法第27条第5項第2号)。しかし、買収前のデューデリジェンス段階での個人情報の閲覧や一部共有が共同利用に該当するか、あるいは秘密保持契約に基づく開示として整理されるか、専門家間でも議論があります。多くの場合、デューデリジェンスの範囲内での非公開情報開示として整理されますが、特に機微な情報や大規模なデータセットの場合、慎重な検討が求められます。

3. 海外関連会社との共同利用における国際移転規制

海外にある関連会社と個人情報を共同利用する場合、日本の個人情報保護法の国際移転規制(法第28条)が適用されます。この場合、以下のいずれかの措置が必要です。

共同利用の通知事項に、海外移転の事実とその先の国、講じられている安全管理措置の概要を含めることで、透明性を高めることができます。特に、十分性認定国以外の国への移転では、適切な契約締結や組織的措置の遵守が不可欠です。

結論

2024年個人情報保護法改正は、直接的に共同利用の要件を変更するものではありませんが、情報漏えい報告義務の厳格化や開示請求権の対象拡大といった周辺領域の改正が、大規模組織における共同利用の実務に大きな見直しを促しています。

法務・総務担当者としては、単に形式的な要件を満たすだけでなく、共同利用の目的を真に明確にし、大規模組織特有の部署横断的なデータ連携における課題を深く理解した上で、実効性のある管理体制を構築することが求められます。既存の規程や契約の包括的な見直し、管理責任の明確化、そして万一の事態に備えた迅速な対応体制の整備は、企業のリスクマネジメントにおいて極めて重要です。

今後も、個人情報保護委員会から発出される新たなガイドラインやQ&A、事例等に注視し、時代の要請に応じた柔軟かつ堅牢な個人情報保護体制を維持していくことが、企業の持続的な成長に不可欠であると認識しております。